2009年09月15日

違う道

どこかへ車で出かけ、いつもと違う初めての道を通って、自宅に帰った時って、何か感じが違いませんか?

いつもと同じ自宅なのに、すごく新鮮に感じるのです。
模様替えのような新鮮さではなく、本当に不思議なんですが、全く別の家に感じてしまうのです。

初めてこの経験をしたのは、17年前、住んでいた愛知県から車で2時間ほどの木曽3川公園に行って帰ってきたときです。

つい最近では・・・昨日です。豊岡にある小さな並木道を発見して、そこを通って帰ってきた時、あのなんともいえない新鮮さを感じました。

見知らぬところへ行った余韻が、自宅に帰っても、自分の中に残っているんでしょうかね〜

この感覚は、私だけのものなのか、ほかにも同じような経験をしている方がいるのか、少々気になるところです。

posted by 北のハイジ at 19:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月08日

ライオンと魔女

今日は、やや体調を崩し・・・風邪の菌がお腹にはいったのかなぁ・・・
午後からは、ゆっくりして「ライオンと魔女」のDVDを一人で見ました。本編ではなく、音声解説の方です。

監督と、ぺべンシー家の4人を演じた子どもたちによる、裏話が聞けるのです。
時代が進んだというか、そんなこと話してしまっていいの〜、というさまざまなハプニングを聞くことができます。


その中で、印象深かったのが、ピーター役のウィリアムが演技する中で、「アスラン」と聞くだけで、心に暖かなもの、希望を感じると言っていたことばです。

原作では、間違いなく、このライオンであるアスランはイエス・キリストのひな型ですから、その意味で、この映画の製作は成功していると言えるでしょう。

また、監督が言っていましたが、
「アスランが、自分が殺される場である石舞台に向かう時、スーザンとルーシーに、そばにいててほしいと願っている人間的(人間的ということばを使っていました)な弱さを現した。」とのことでしたが、
その場面も、十字架刑の前に、ゲッセマネの園でこれから飲み干さなければならない「苦しみと死、そして父なる神との断絶」という苦い杯を前に、逃げ出したい思いと戦っているイエス・キリストの姿が重なりました。

もう一つ、エドマンド役のスキャンダーが言ってました。
「魔女が恐ろしいのは、何を考えているのかわからない、冷たさだ。でもアスランには、親しみやすさを覚える」というようなことを話していました。

創造主という神がどのような方かを現したのが、イエス・キリストです。
そして、ナルニア国物語の原作者のCS・ルイスは、そのイエスを子どもたちに語るように、わかりやすく見せてくれたと言えるようです。

ちょっと、体調のすぐれない日でしたが、かえって、心豊かにされた日でもありました。






posted by 北のハイジ at 20:31| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月02日

そごう心斎橋本店 閉店

8月31日、そごう心斎橋本店、閉店のニュースを聞き、やっぱり大阪はふるさとだなぁ〜と思う。

東白川は、私の中の美しい思い出の場所という感じかなぁ?

でも、大阪のそごう百貨店が閉店だと聞いたとたん、胸がキュンとするような切なさというか、懐かしさがこみ上げてくる。
それが、生まれ育ったところという証拠〜?

そごうがあるのは、心斎橋という通りだ。旭川で言ったら、買物公園通りのような場所。

子供の頃、家族4人で、よくこの心斎橋を歩いた。
通りの地面は、マーブルっぽい絵柄の道で、その曲線に沿って歩いた記憶がある。

心斎橋から、なんばまで歩くのが常だったが・・・そう言えば、なんばから心斎橋に向かって歩くということはなかったなぁ・・・歩き始めるとほどなく、香ばしい香りが漂ってくる。それは、お茶屋さんの香り。でもそれが、緑茶をいっている香りだと知ったのは、つい数年前のことだ。

大阪から母が、旭川の我が家に来てくれて、古くなってい緑茶をフライパンでいり始めたのだ。
私・・・「あぁ〜。これ心斎橋のにおいや!」
私・・・「あれって、ほうじ茶の香りやったん?」
懐かしさと感動で、母に聞いたのが7年ほど前のことだ。


あの懐かしい香りのする心斎橋から、そごうがなくなるのは、何とも寂しい。

大阪に帰省するとしたら、行きたいなぁと思うのは、なぜかデパートなのだ。


娯楽の少なかった昭和40年代、デパートに出かけるというのは、一大イベントだったのかなぁ〜

大食堂で、ざるそばを食べ、なぜかいつも私が注文するのは、ざるそば・・・安価で親がそれを注文していたのか、私の好みであったのか、その辺はさだかではない・・・

今では、大食堂もなく、そごうも大丸の新館として生まれ変わっていく。
目にみえるところでは、どんどん昔のものは失われていく。
でも、それらの記憶は、はっきり残っていているのだ。不思議なことだ。
その記憶をたどるとき、何ともいえない懐かしさが胸を去来する。

なつかしい・・・これは、神さまがくださった素晴らしい思いですよ。と話してくださったのはT牧師。
働きの場が変わり、愛する人々との別れを体験するのは、非常につらいけれど、神さまは、その代わりに「懐かしさ」という思いをプレゼントしてくださいますよ〜と話されたのだ。
当時は、ピンと来なかったことばも、今となっては、受肉して私のことばになっている。

心斎橋なつかしいなぁ〜
大阪なつかしいなぁ〜









posted by 北のハイジ at 00:46| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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