2010年06月01日

静まりの一週間

6月20日の集会のために、先週はあちらこちらにこもって、静まりの時をもちました。
月曜日は礼拝堂で。水曜日と木曜日は三浦綾子記念文学館で。土曜日は神楽岡公園で・・・。
文学館は、実に素晴らしい所です。
2階に資料や本を閲覧できるコーナーがあり、ビデオ鑑賞コーナーもあります。

私がいつも座る席からは、見本林の木々を眺めることができ、インスピレーションが沸いてきます。
少し離れた場所で、綾子さんのドキュメンタリー番組の録画がエンドレスで流れているので、耳には綾子さんの優しい話声が入ってきます。


聖書のメッセージの箇所は、自分が派遣されている教会でもお話したことのある箇所ですが、この静まりの時間の中で、新たに別の視点からのメッセージが与えられました。
語る前に、自分自身がまずみことばの深い味わいにふれることができ、また新たな発見があるのは、大きな大きな恵みです。


20代の頃、関西にお住まいの牧師夫人である大先輩のK先生が、「牧師夫人という働きは、普通の人の人生の2倍を生きるに匹敵するほど濃密です。」というようなことをお話されていたのを聞きました。

その時は、へ〜そうなんだぁ〜。という感じで聞いていましたし、まさかその時は、自分も同じ道に導かれるとは、思っていませんでした。

その多岐に及ぶ働きの中で、ふと自分の賜物は何だろう〜と考えることがあります。
そして、このようなチャンスがあると思うのです。
「聖書のメッセージを語らせて頂くことが幸せだな〜」と。
語る時と言うより、その準備段階に幸せを感じるのかもしれません。

簡単にメッセージができるわけではありません。
まさに「産みの苦しみ」を味わうのです。
けれども、聖書のことばの真理を発見し、それを聴衆に伝えるために、一つのメッセージとして組み立てていく作業、そして必ずこの聖書のことばを通して、力づけられる方々がおられると信じて、イメージできることは、本当に希望に溢れる働きです。



私自身は、知識も経験も乏しい者です。
今から38年前、H牧師の語られる聖書のメッセージを聞いて、クリスチャンとして歩む決心をしました。
今から26年前、K牧師のメッセージの中で引用された聖書のことばによって、伝道者になる決心をしました。

私は、実に小さなしもべに過ぎませんが、私も聖書のメッセージを語るときに、聖書のことばによって、それぞれの方がそれぞれの問題の中から立ち上がられるように、用いていただきたいと強く願うのです。

今回のメッセージのタイトルは
「もうひとつの実を結ぶため」
 −−マリヤを支えたエリサベツーーです。

お祈り下さい。













posted by 北のハイジ at 00:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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